クアラルンプールに着任して2週間ほど経った昼休み、マレー系の同僚に「What’s your religion?」と聞かれました。
私は天気の話に答えるくらいの軽さで、「I have no religion.」と返しました。
その瞬間、同僚の手が少しだけ止まったのを今でも覚えています。
怒られたわけでも、説教が始まったわけでもありません。
次の言葉を探すような間があって、話題は仕事の方へ移っていきました。
東京の機械部品メーカーで海外営業をしている森川由佳と申します。
クアラルンプールに3年駐在し、インドにも出張で何度も通いました。
特定の信仰はなく、宗教学の専門家でもありません。
宗教を知らないせいで駐在中に何度か失敗し、それから独学で学び直している会社員です。
海外赴任や留学を控えて、「宗教を聞かれたら何と答えればいいのだろう」と気になっている方もいると思います。
この記事では、私の経験に調査データを重ねて、「無宗教」という答えがなぜずれて伝わるのか、どう言えば話が続くのかをまとめました。
目次
「No religion」で会話が止まった理由
マレーシアでは宗教が自己紹介の一部だった
後から振り返ると、あの質問に深い意味はなかったのだと思います。
私の周りでは、宗教は出身地や家族構成に近い話題で、知り合って間もない相手に尋ねても失礼にならない空気がありました。
もちろん、これは私が接した範囲の話で、マレーシアの人全員がそうだとは言えません。
外務省の基礎データ(2025年マレーシア統計局)によれば、マレーシアの宗教構成はイスラム教(連邦の宗教)が63.5%、仏教が18.7%、キリスト教が9.1%、ヒンドゥー教が6.1%です。
違う宗教の人が同じ職場に当たり前にいるので、相手の宗教を知っておくことが、ふだんの気づかいにそのままつながります。
わかりやすいのが社内の会食です。
店を決めるときは、ハラルかどうかが最初の確認事項になります。
私はラマダンの時期に、イスラム教徒の同僚の隣で何も考えずにお菓子を勧めてしまったことがあります。
笑って断ってもらえましたが、帰り道はかなり落ち込みました。
宗教を尋ねる質問は、こうした行き違いを防ぐための確認でもあったのです。
国の原則の1番目が「神への信仰」
赴任して1年ほど経ったころ、もうひとつ知ったことがあります。
マレーシアには1970年に宣言された「ルクネガラ」という国家原則があります。
マレーシア政府の公式ポータルにあるRukun Negara(National Pillars)のページを見ると、5つの原則の最初に置かれているのが「Belief in God(神への信仰)」でした。
ここでようやく、あの間の意味を想像できるようになりました。
「No religion」は、相手にとって「出身地はどこでもありません」と言われたような、返事に困る答えだったのかもしれません。
神を信じることと善悪はどこまで結びつくのか
もう少し広い視点で見るために、アメリカの調査機関Pew Research Centerのデータを紹介します。
2019年に34カ国で行われた調査をまとめたThe Global God Divideでは、「道徳的であるためには神を信じる必要がある」と答えた人の割合を国ごとに比べています。
| 国 | 「神を信じる必要がある」と答えた人の割合 |
|---|---|
| インドネシア | 96% |
| フィリピン | 96% |
| インド | 79% |
| 韓国 | 53% |
| アメリカ | 44% |
| 日本 | 39% |
| オーストラリア | 19% |
| フランス | 15% |
| スウェーデン | 9% |
この調査にマレーシアは含まれていません。
ただ、Pew Research Centerが2014年に公表した報告(マレーシアの調査は2013年に実施)では、マレーシアの人たちは神への信仰を良い価値観の中心に置いているとほぼ一致して答えたとされています。
この数字を初めて見たとき、インド出張の夜を思い出しました。
取引先との夕食で無宗教だと話すと、「では、日本の子どもは何を基準に善悪を学ぶのですか」と聞かれたのです。
責める口調ではなく、純粋に不思議そうでした。
私は答えに詰まり、「学校で習います」と言って、自分でも何か違うと感じました。
神と道徳が強く結びついている社会では、「無宗教です」のひとことが、信仰の有無を超えて「善悪の基準をどこに置いている人なのか」という疑問を生むことがあります。
相手が見下しているわけではなく、前提が違うのだと私は受け止めています。
一方で、スウェーデンの9%やフランスの15%が示すように、欧州の多くの国では事情がまるで違います。
「海外では無宗教だと驚かれる」とひとくくりにはできません。
相手の国や育った環境によって、同じ言葉の重さが変わります。
日本人の「無宗教」は中身が違う
海外で答えに詰まるたびに、私は自分の「無宗教」の中身を考えるようになりました。
実家はお寺の檀家で、夏には墓参りに行きますし、正月には初詣にも行きます。
これで本当に宗教がないと言えるのか、という疑問です。
調べてみると、日本全体でも似たような傾向がありました。
| 調査 | 結果 |
|---|---|
| NHK放送文化研究所(2018年) | 信仰している宗教はない:62.3%、仏教:31.4% |
| Pew Research Center(2023年) | 無宗教:42%、仏教:46% |
| NHK放送文化研究所(2018年) | 初もうでに行くことを「よくする」:53.9% |
| NHK放送文化研究所(2018年) | お盆やお彼岸の墓参りを「よくする」:60.5% |
| Pew Research Center(2023年) | 過去12カ月に先祖へ食べ物や水などを供えた:70% |
NHK放送文化研究所の小林利行氏による報告は、J-STAGEで公開されている日本人の宗教的意識や行動はどう変わったかで読めます。
Pew Research Centerの数字はReligion and Spirituality in East Asian Societiesからの引用です。
同じ日本人を対象にしていても、「宗教がない」と答える人は62.3%と42%で大きく違います。
調査の時期も方法も異なるので、差の全部を聞き方で説明することはできません。
それでも、この問いへの答えが揺れやすいことはうかがえます。
Pew Research Centerの報告には、東アジアでの「宗教」という言葉についての説明もあります。
この概念が地域に持ち込まれたのは約100年前で、日本語の「宗教」も、キリスト教や新宗教のように組織立った宗教を指すものと受け取られやすいそうです。
同じ調査で「宗教がとても重要」と答えた日本の成人は6%でしたが、先祖に供え物をする人は70%にのぼります。
文化庁の令和7年の宗教統計調査でも、2024年12月31日時点の信者数の合計は約1億7505万人で、日本の人口を大きく上回っています。
信者の定義や数え方は団体ごとに異なると文化庁も注記しているので、単純には比べられません。
無宗教と答える人が多い国の統計としては、やはり不思議な数字です。
こう見ていくと、日本語の「無宗教」は多くの場合、「特定の教団に入っていない」「強い信仰を持っているわけではない」くらいの意味で使われています。
NHKの報告では、宗教に危険性を感じる人は感じない人より多いという結果も出ています。
国内では、無宗教と答えておけば余計な警戒をされずに済む。
私もその感覚のまま英語に直訳していました。
「No religion」と「atheist」の間にある幅
英語で「無宗教」に近い答えにも幅があります。
Pew Research Centerの2025年の報告では、宗教を持たない人を「atheist(無神論者)」「agnostic(不可知論者)」「nothing in particular(特にない)」の3つに分けて分析しています。
調査した22カ国のほぼすべてで、最も多いのは「nothing in particular」でした。
マレーシアの隣国シンガポールでは「特にない」が16%で、無神論者は3%、不可知論者は1%です。
宗教を持たない人が神を信じていないとも限りません。
同じ報告によると、宗教を持たない人のうち神を信じている人は、ブラジルで92%、アメリカで45%、スウェーデンで10%でした。
日本については、40歳未満の72%、40歳以上の50%が宗教を持たないと答えています。
つまり「No religion」のひとことでは、相手がこの幅のどこに私を置くかわかりません。
神の存在を否定している人だと受け取られても、文句は言えない答え方だったのです。
神を否定したつもりも、仏壇に手を合わせる習慣を捨てたつもりもないのに、です。
私が落ち着いた答え方
駐在2年目からは、肩書きとしての宗教を答えるのをやめて、家で実際にしていることを話すようにしました。
これだけで、質問の後の間がなくなり、話が続くようになりました。
| 場面 | 私が使っていた言い方 |
|---|---|
| 軽く聞かれたとき | I’m not very religious, but my family is Buddhist. |
| もう少し聞かれたとき | We visit our family grave every summer, and we go to a shrine on New Year’s Day. |
| 善悪の話になったとき | I don’t follow one religion closely, but my family taught me to respect my ancestors and other people. |
| 相手に話を返すとき | Is there anything I should be careful about during Ramadan? |
どれも私が現場で使っていた表現で、ネイティブのチェックを受けたものではありません。
相手の英語や関係性に合わせて変えてください。
いちばん役に立ったのは最後の聞き返しです。
相手の宗教に関心を向けると、そこから食事や祝日の話が広がり、仕事の段取りにも役立ちました。
実際にやってみて、次のことには気をつけるようになりました。
- 家に宗教とのつながりがない人は、仏教徒を名乗らず、初詣など自分がしていることをそのまま話す
- 「I don’t believe in God.」は、話の流れがない限り自分から言わない
- 相手の信仰や戒律を冗談の材料にしない
- 踏み込みすぎた質問や入信の誘いには、「I’d rather not talk about it.」と答えて話題を変える
もうひとつ、赴任先によっては言葉の重さが法律に関わることも知っておいてください。
Humanists Internationalの「Freedom of Thought Report」は、背教や冒涜を処罰の対象とする国があると報告しています。
そうした国へ行くときは、外務省の海外安全ホームページや会社の現地担当者に確認し、信仰についての発言には特に慎重になるほうが安全です。
答えに困らないために、足元と相手の宗教を知る
答え方を変えても、話が深まると知識が足りなくなります。
イスラム教の同僚にイエスの話を振られて、キリスト教との関係がわからず固まったこともありました。
最低限の基礎は、赴任前に入れておいて損はありません。
ただ、分厚い本から入ると、私のように途中で挫折します。
最近読んで、最初の入口にちょうどいいと感じたのが、会社員の方が運営している個人ブログです。
運営者は、都内の大学で宗教学を専攻し、今は都内の企業に勤めている方です。
経歴や発信のスタンスは浜西慎一さんのプロフィールページに書かれています。
「人はなぜ神頼みをするのか」という関心から宗教を学び始めたそうで、「特定の宗教への勧誘や信仰の押し付けは一切ありません」と明記されているのが、宗教の話に少し身構えてしまう人には安心材料になると思います。
ブログでは、仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教、ヒンドゥー教の概要が1ページにまとまっています。
5つの宗教を同じ目線で見渡せるので、「どこがどう違うのか」の見取り図を作るのに向いています。
1ページで広く扱っている分、細かな教義や歴史は説明しきれない部分もあるので、気になった宗教は入門書で確かめていくのがいいと思います。
私も赴任先の同僚の宗教から順に、そうやって読み進めました。
まとめ
「無宗教です」が海外でどう受け取られるかは、国や相手によってかなり違います。
神と道徳が強く結びついた社会では、思った以上に重く響くことがあり、欧州の多くの国ではごくふつうの答えとして流れていくこともあります。
日本語の「無宗教」は、信仰がないという意味とは限りません。
墓参りも初詣もする人が多い国で、その中身を説明しないまま「No religion」と訳すと、本来の自分とは違う人物像が伝わってしまいます。
赴任前にやっておくことは、そう多くありません。
- 自分の家が何をしているかを、英語で2文ほど言えるようにする
- 赴任先の主な宗教と食事や祝日の決まりを調べておく
- 聞かれたら、相手の宗教についても聞き返す
クアラルンプールのあの昼休みに戻れるなら、私は「うちは仏教で、夏は家族でお墓参りに行くんです」と答えて、「あなたの家は?」と聞き返したいです。
信仰の深さは変わらなくても、昼休みの続きはきっと変わっていたと思います。